世田谷区の小学校には「日本語」の授業がある -「中山成彬はなぜ日教組と戦うのか」より(2)-
「中山成彬はなぜ日教組と戦うのか」 伊藤玲子 KKベストセラーズ
(前回の続き)
鎌倉市議会議員であった当時の著者が、問題のある教育現場に戦いを挑んだ模様が描かれている第2章を読んでいるあたりで、一度はうんざりして、読むのをやめかけた。
この本に書かれているような学校ほどではないが、私の母校を振り返ってみても、思い当たるふしがある。
私の中で、学校教育の三大トラウマは「性教育」「道徳教育」「平和教育」だ。
性教育は小学校5年の頃から本格的にはじまったが、その内容は小学生にとっては衝撃的で、生徒の何人かが貧血を起こした。著者曰く、今ではさらに過激になっており、身体の未発達な子供達が、思春期の衝動そのままに、学校から教えられた性行為を実践してしまうという事態が発生。何と産婦人科に中絶手術を受けに来る小学生が増えているという。
テレビやインターネットの性描写には過敏なくせに、「ジェンダー・フリー」を掲げた教育現場での「正しい」性教育こそが、未成年の性の乱れを助長している原因になってしまっている。何がしたいんだ。
道徳教育は結果的に、もともとは何も知らない、偏見を持っていない子供達に、大昔の差別意識をわざわざ教え、植え付けてしまっているような気がする。身分制度が撤廃されたのなら、その差別意識も共に風化させてしまうべきではないのか。子供の頃からずっとそう思っていた。
平和教育については、戦争に反対するのは良いと思うが、愛国心と軍国主義を切り離して、日本人としての誇りといえるようなものを持てる教育も同時に行うべきではないか。
そう思っていたところ、それを既に実践している教育が、第3章で紹介されていた。
世田谷区の若井田正文教育長が、現在の子供たちの学力低下、いじめなどの問題行動が起こる背景には、国語、日本語の崩壊が原因としてあるのではないかと思い、正しい日本語を教える授業をつくることを考えた。
現在、世田谷区の小中学校では「日本語」の授業が行われているという。
(「国語」の一部ではなく「日本語」という別教科で行われているのは、国語は学習指導要領で定められたカリキュラムに沿った授業を行うことが義務付けられている為。)
内容は俳句や和歌、古典文学に漢文など。難しい漢字もそのまま掲載されているがふりがなが振ってあり、国語とは違って文法や著者の意図には触れず、まず日本語の響き、リズムに親しむことからはじめ、やがて意味を理解する、という順で学習するという、子供の知的好奇心を刺激するための工夫がなされているという。
成果は上々で、子供達の「日本語」の授業に対する関心は高いようである。また、土曜日に行われる勉強会では、生徒とその保護者だけではなく、地域の高齢者が「懐かしい」と興味を持ち参加、生きた知識を提供してくれるようになったという。思いがけぬところから地域のコミュニケーション形成にも役立ったのである。
本が好きな私としては、テレビやゲームも否定しないが、やはり本こそが子供には良いと思う。感受性や想像力が豊かになるし、特に大人になると、語彙と表現力が豊かであることはいかに大切かと実感する。
当然、読む本はある程度選ばなければならないが、いろいろな種類、同じテーマでも色々な意見の本を読むことが大事だ。学校の授業を疑わなければならない世の中ならばなおさら。
幼い子供には、親の「読み聞かせ」が大事だと思う。これこそが親子のコミュニケーションとして大切なものであり、時が経って本の内容は忘れたとしても、その本から感じたものは、その心の核にしっかりと残っているような気がする。
さて、将来、この本に書かれているような教育現場に、自分の子供を通わせなければいけなくなった時、我々はどうするべきか。
……どうすればいいのだろう。
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