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2009年5月

2009年5月30日 (土)

[モヤさま] シャンク、シャンク、シャンク! -桜新町から用賀へ-

以前このblogで、テレ東公式サイトのミイラ特番の記事に誤植があったと指摘したのだが、その後で何気なく確認してみたら修正されていた。気づいたらしい。もしかしてテレ東の管理者がこのblogを見たのか…って見たわけないか。

ずっと三村の着ていた服の絵柄が気になっていた。神社の鳥居が描かれていて、アルファベットで何か書かれている。最初に「Y」があるので、もしかして「靖国」だったらどうしようと思ったが「横須賀」と書かれていた。横須賀の米軍基地らしい。

噂には聞いていた軍隊の「戦闘糧食」。ノッチに水を入れたら沸騰して米が炊ける…ってどうなっているのか全く解らない。さすがに軍隊が扱うものだけあって、使い方を間違えると危険だ。密封が甘く、沸騰した湯気が出てきて中の飯が発火しそうになっていた。食事前に攻撃を受けた時は罠に転用できるかも知れない。

余談を挟むが、軍隊と言えば、管理人は陸上自衛隊駐屯地の近所に住んでいる。なので、たまに仕事が深夜作業になってタクシーを拾う時は、解りやすいからと思って駐屯地まで行ってくれと言う。そうするとたまに、
「門限大丈夫なんですか?」
と訊かれてしまう。…本物の自衛隊員と間違えられているのだ。(そんな馬鹿な、と思うだろうが実話である。)
それを最初に訊かれたのが、折しも自衛隊員のイラク派遣が決定しそうな時期だったので、話を合わせて、
「イラクに派遣される前に、馴染みの女に会いに来ました…。」
などと神妙な顔つきで言おうとしたが、国際社会の平和を守る活動を茶化してはいけないと思い直し、ちゃんと否定しておいた。
(運転手曰く、私の肩幅が広いのと、妙に早足で歩く姿を見て、それなりの訓練を受けた職業だと思ったらしい。)

あのヌーサンというものの用途はよく解らない。ハワイで使うと言っていたが、足の裏を粘着で引っ付けているだけなら、あれで砂浜とかを歩いたらすごく不快になると思うのだが。
それにしても、この番組は本当に三度目のハワイに行くつもりなのか。行くのは良いが、今度はちゃんと関東圏以外でも放送していただきたい。地方のファンにとっては、違法なネット配信で見るか否か、という踏み絵を迫られることになるので。私はこんなblogを作っている立場上、著作権法違反は犯したくない。
(レビューは著作権法違反ではないと認識しているが実際どうなのだろう。引用元を明らかにしていれば合法なのだろうか。まあきっと、こんな記事でも番組を盛り上げるのにいくらかの貢献はしていると思うので、もしテレビ東京の関係者の方がこのblogを目撃しても、どうかお目こぼしいただきたい。)

とれ高サイコロの「箱根の硫黄」発言を聞いて、小学校の修学旅行で行った大湧谷を思い出した。強烈な硫黄の臭いで気分が悪くなった生徒が続出した大湧谷。何の為に行ったんや。
硫黄の臭いと共に、大湧谷の名物である「黒玉子」なるものを校長が食して喉に詰め、本当に窒息死しかねない事態になったというとんでもない思い出が今でも鮮明に蘇る。本当に、危険を冒してまで行くような所だったのだろうか。温泉に入るわけでもなかったのに。(修学旅行のメインは東京ディズニーランドだった。)
とれ高サイコロの悩み相談の話に戻るが、私は例え夫婦であっても、若いうちはそれなりの緊張感、というと硬くなるが、ある程度の節度は保ったほうが良いと思う。相談者は25歳だというから、そんな若いうちから……などという意見は、長男でありながら結婚を真剣に考える気もなく、妹に先を越されてしまった私のような親不孝者に語る資格は無いのかも知れない。

天狗のような一本足の下駄。大竹は見事なバランス感覚で履きこなしたが、スケートのできない大江アナはつま先立ちがやっとだった。もしかして彼女は、あの結果を見て、バランス感覚を養う為にティラピスをはじめたのだろうか。

ゴルフの練習場でシャンクを三連発する神主。シャンクというものをはじめて見た。確実にシャンクを放つというのも一つの才能では。

この日の収録はまさかの4本録り。微妙に放送時間が長くなったことでロケが厳しくなるかと思ったが、頑張れば4本録れるらしい。

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週刊新潮の最後のページは危険な香り

管理人も遂に30歳になった。この一年は、いろいろなものに決着をつけていこうと思っている。

週刊新潮の最後のページにある、「週刊鳥頭ニュース」というのが面白い。西原理恵子の漫画と佐藤優のコラムで世相を語るという過激すぎる連載。

ページ上段にある西原氏の漫画はおそろしく下品。かつて、金正日の長男、金正男が来日した時に新宿二丁目は大騒ぎになり、金正男のグラビアがゲイ雑誌に掲載されたなどというエピソードが紹介されていた。
それだけ聞くとまるで不可解だが、女性から見たそれとは違い、ゲイから見た魅力的な男性の容姿とは固太り(専門用語で「ガチムチ」というらしい)であるという。ベルトラインに乗っかった腹の肉は「天使のエプロン」と呼ばれているとか。そして知的であることも高いステータスを持つという。
その条件で言えば、他ならぬ佐藤優氏こそ、「ガチムチでインテリで天使のエプロン付き」と魅力の詰まった、「ゲイ界のブラッド・ピット」であると西原氏は言う。

そんな佐藤氏のコラムはページ下段にある。自身、鈴木宗男疑惑で逮捕され、今も裁判中である佐藤氏が裁判員制度を評して曰く、
「我々はプロの検察と裁判官に裁かれたからこそ、まだ首と胴体が繋がっているのである。もし当時既に裁判員制度が導入されていて、鈴木宗男疑惑の嵐の中で人民裁判が行われていたら、私も鈴木宗男氏も『国賊』と見なされなぶり殺しにされただろう。
と。
今の日本で、国策捜査や裁判の恐ろしさを語らせたら右に出る者のいない佐藤優氏。ソビエト崩壊の現場ををくぐり抜け、日本では塀の向こう側を見てきた佐藤氏から放たれる危険な男の魅力は、ゲイ達にとってはウォッカのように刺激的。

国策捜査評論の第一人者である佐藤優氏は、「獄中記」文庫版(岩波現代文庫)の文庫版あとがきにて、あの西松建設事件について語っている。佐藤氏曰く、西松建設事件は国策捜査としての条件を満たしていないという。政権奪取は必然と言われた民主党の力を削ぐのが目的かという意見も多いこの事件だが、
「検察は弱体化した権力に味方するほどお人好しではない。」
という。では、この事件における検察の目的とは何か。

以下、佐藤氏の見解を抜粋。

「特捜の現場の検察官が、いわば戦前の二・二六事件の青年将校化している。政府は弱体化している。政党は、自民党も民主党も腐敗している。(略)これでは日本の国がおかしくなってしまう。もはや公益の番人であるわれわれ検察官が社会の全面に出て『世直し』をしなくてはならない。」(P.534)
「私の見解では、国策捜査ではなく、自らが信じる正義に忠実な青年検察官のきれいな社会をつくろうとする欲望に支えられた『世直し』であるから、その行き先の状況を懸念しているのである。」(P.536)

検察官が自らの「正義」を信じて行動したという佐藤氏の見解は、以前このblogでも紹介した、「WiLL」5月号に載っていた松田賢弥氏の見解と通じていて興味深い。

政治の混迷が限界を超え、新興宗教や検察が問題意識を持って政治に介入しようとする。そのくせ、かつての安保闘争のように学生が蜂起する気配などまるで無く、一般国民の多くは失望しまるで無関心になっている。奇妙な世の中だと思いつつも、無責任にこの混乱を楽しんでいたりもする。解散総選挙が楽しみで仕方ない。

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2009年5月22日 (金)

[モヤさま] 「お友達内閣」三村政権 三つの大罪 -桜新町②-

「破壊者」の異名を持つ小沢一郎(にそっくりの母親)の子、三村マサカズを代表とする「モヤモヤ党」。実権は「豪腕」大竹一樹幹事長が握っているとされる「院政」疑惑や、テレ東史上まれに見るバラマキと批判された視聴率刺激策「ハワイロケ政策」の見事な失敗により、一時は解党の危機に追い込まれた。
しかし、大江麻理子副代表のもたらした「ワキ汗景気」により政党の支持率は急上昇。後に大江副代表が公務中に泥酔するという不祥事を起こしたものの、クリーンなイメージを持つ大江副代表の国民的人気と、直後に行われた涙の釈明会見により支持率はむしろ上がった。

そして今年4月。「怒り党」竹山内閣の任期満了に伴う解散総選挙で、「モヤモヤ党」は遂に政権交代を成し遂げ、結党依頼の悲願であった「モヤモヤ党」三村内閣が発足した。

入閣した閣僚の面々を見て、実質は論功行賞人事の「お友達内閣」と危惧する声は高かった。
その不安は的中した。内閣発足から間もなく、「食事大臣」大竹が昼食前にプリンを食べるという痛恨の判断ミスを犯し、お腹のふくれた閣僚たちは昼食を食べ残してしまった。
「無駄遣い」「環境汚染」と世論の批判は高まった。大竹は食事大臣を辞任したが、これは事実上の更迭だった。食事大臣は、ネオ・ニューリーダーと呼ばれる大江サイコロ大臣が兼務することとなった。
長年三村を支えてきたという自負のある大竹が、一度だけの失敗で無役となり、若手の大江に権限が集中することとなった。大竹にとって面白かろうはずがなかった。
野党時代には「政権奪取」という目標により一枚岩の団結力を発揮していた党内が、政権を手にした途端、権勢欲と嫉妬による内向きの争いで大きく揺らぐこととなった。

【第一の大罪 大竹一樹の「間食」】

八百屋「ライオンストア」にて、おやつ感覚でそのまま食べられる珍しい人参「スイートキャロット」を見つけた三人。まだ昼食前だが、これを食べるくらいなら大して腹は膨れなかったはずだ。
しかし問題はその後だった。八百屋を後にしようとしたところで大竹は、
「小腹が空いたからバナナを買って食べよう。」
と、腹の膨れるバナナを食べようと提案した。
三村と大竹は、皮をむいたバナナを縦に揺すった後でいやらしい感じにくわえ、大江に「こうしてみ?」と促した。東麻布での一大スキャンダル「ぬか漬け疑獄」の再現である。しかし大江はそれを無視し、バナナをいきなり根元近くでへし折ってから口に入れた。若さゆえのワキの甘さを指摘され続けてきた大江だったが、既に相応の経験を積んできたのだ。二度と同じ罠にはかからなかった。

【第二の大罪 大江麻理子の「まともな蕎麦屋」】

大竹のバナナを使ったセクハラは失敗したものの、腹を膨れさせ、大江食事大臣の初仕事を邪魔するという二つ目の目的は達成された。
大江食相が昼食をとる店に選んだのは、老舗の雰囲気漂う「丸新」という蕎麦屋。世間一般の基準からすれば至極まっとうな決断だが、どうみてもまともで美味そうな店を避け、どこか怪しい雰囲気の漂う「モヤモヤしている店」を選ぶという、党の基本方針を定めた「伊藤談話」に反している。
テレビ東京の生え抜きである大江大臣は愛局者であり、確信犯だった。
「伊藤談話は『自虐食感』である。素敵な店で美味しいものを食べて幸せな気分になる、それが人として当たり前の、食事というもののあるべき姿ではないのか。」
万事が後手に回っていると批判されていた三村総理も、この時ばかりは早かった。三村はその場で大江を更迭。大竹が再び食事大臣となった。
結果的に大江は大竹に陥れられたわけでなく、自らの信念が仇となって食事大臣の地位を追われた。

【第三の大罪 三村マサカズの「無力」】

肉屋の「ミート マサヒロ」から、ペット用の魚を売る店に商売替えした「大森商店」。ここでは三村総理自らの手で、ウーパールーパーに餌の赤虫を振る舞ったものの、「お腹が空いていない時に無駄にばら撒くらいなら、もっと有効な使い道があるはず。」と見向きもされず、かえって支持率は下がった。
気を取り直して裏庭にある鯉を見に行き、そこでは大竹が鯉に餌をやった。当初、少量を与えた時には鯉の反応は薄かったものの、思い切って大胆にばら撒くと、一匹の鯉が餌に気づいたのをきっかけに、他の鯉達も争うようにして餌を貪りはじめた。「豪腕」大竹の本領発揮である。
動物達は勘が鋭く、そして正直だった。権力の二重構造が明るみに出た三村内閣、今後の政権運営は大荒れが予想される。

三村の「俺が総理大臣」発言にひらめき、こんな風にしてみたのだが、この脚色を面白いと思えるのは管理人本人だけかも知れない。普段と比べて書くのにものすごい時間かかった。平沼赳夫議員の著書のパロディなど、普通の「モヤさま」ファンにはとうてい理解されまい。

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「美学」を育てる教育 -「サッチャー改革に学ぶ教育正常化への道」より-

「サッチャー改革に学ぶ教育正常化への道 英国教育調査報告
中西輝政(監修) 英国教育調査団(編) PHP

私は決して筋金入りの愛国者ではない。むしろ、優等生では無かったもののまともに現代の学校教育を受けて育ったので、「愛国心」という言葉には今でも抵抗があるし、どう間違っても戦争に参加したくはない。太平洋戦争に対する議論を持ちかけられても正直、「見てきたわけではないので解らん。」としか言いようがない。

しかしいいかげん、軍国主義と切り離した上で、感情的にならず本来の「愛国心」というものをちゃんと教育すべきではないか。そう思うことが多くなった。
その「愛国心」の無さに通じるものだと私は思っているのだが、自分自身を含め、今の日本人たちの多くは、芯の通った「美学」というものが欠けているのではないか。そんな風に思う。

そんな時に見つけたのが、冒頭に挙げたこの本である。現代日本の「自分の国の歴史、伝統、文化に誇りが持てない教育」(P.2 「はじめに」より 平沼赳夫議員)に危機感を持った日本の国会議員達が、かつて同じような問題に直面した英国の教育改革の実例を参考にしようと調査団を派遣(2004年9月26日~10月9日)、その報告として発刊された。

ここでは、管理人自身の情報の整理を兼ね、要点をまとめようと思う。

【サッチャー首相の教育改革前】
1944年教育法では、学校で何を教えるかは全て教師の判断に委ねられていた。
子供の主体性、自主性のみを過大に尊重する「児童中心主義教育」が推奨されていた。
大英帝国の植民地支配、奴隷貿易などの否定的な評価が強調された、「自虐的」な歴史教育が横行していた。
1980年代半ばには、義務教育を終えても読み書き計算ができない国民が多かった。
過激な性教育が横行し、未成年の中絶者が増えるなど、性道徳が乱れた。

【1980年教育法】
マーガレット・サッチャー首相が「学校運営への親の参加」「親への情報公開」を定めた「1980年教育法」を制定。

【1988年教育法】
国定カリキュラム全国共通テストを導入。宗教教育(国教であるキリスト教と、他宗教も同時に学ぶ)を強化。
学校運営の権限は校長に委ねられた。ただし、国定カリキュラムに沿った学校運営が行われているかは、全国共通テストの結果と、教育水準局の監査によって厳しくチェックされる。基準を満たしていない学校には相応のペナルティが課せられる。

【歴史教育】
一つ一つのことがらに対し、良い面と悪い面の両方を教える教育方法に変更。
例えば、大英帝国の強大な軍事力による植民地支配を教える際には、植民地のインフラ整備や学校建設など、植民地の発展に貢献した歴史も同時に教える。
「どの国にも光と影の歴史があり、影の部分ではなく、イギリスが世界に貢献した光の部分もバランスよく教え、それをどう考えるかは生徒自身に委ねる。これがベーカー元教育大臣の歴史教育に対する基本姿勢なのである。」(P.97-98)

仮にかつてのような偏向歴史教科書を発行する業者があっても、その教科書を使った授業の内容では全国共通テストで良い点を取れるはずがないので、そんな教科書が売れるはずが無い、だから偏向教科書はもう発行されないという仕組み。(英国には教科書検定は無い。)

【美点】
・国民たちが自国の歴史に自信と誇りを持てるようになり、「イギリス病」と呼ばれた無気力な国民が減った。
・学校の裁量権が格段に上がったので、教育現場の意欲が上がった。
・親の教育に対する関心が強くなったことで、家族意識も高まり、非行の是正にも役立った。
・宗教教育の強化により、宗教的道徳観が築かれ、他宗教に対する理解も深まった。

【挙げられている問題点】
・学校間の競争が過熱気味になり、教師達が疲弊している。
・子供たちが一年中テスト漬けになっている。 等

日本で教育改革が議論される時にも、懸念事項としてこれらの問題が挙がっている気がする。特に後者などは、日本が「ゆとり教育」に移行する前の、「詰め込み教育」批判と同じようなもののような気がする。

教育者でもなければ人の親でもない私としては、学力向上の為の改革については口出しする気はないが、歴史教育の改革についてはいいかげん、段階的にでも進めてもらえないかと考えている。英国に教えられるまでもなく、良い点と悪い点の両方を教えるのが、本来の歴史教育だと思うのだが。

日本では、安倍内閣発足時に、安倍首相が「美しい国」構想を掲げ、教育法改正にも取り組んだものの、「お友達内閣」と呼ばれた閣僚たちの相次ぐ不祥事と、自身の健康問題により、改革は不完全なままで倒れてしまった。
今は、かつて安倍氏と志を同じくした平沼赳夫氏が、自虐的な歴史教育の改革も含めた「健全な保守政治の確立」を掲げ、政界再編に向け動いているという。次期衆院選で「平沼グループ」はどこまで議席を伸ばし、どの地位に収まるかは未知数だが、どうにか頑張ってもらいたい。
(平沼氏は同書のまえがき、安倍氏は第三部の対談に参加している。)

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2009年5月19日 (火)

[ニュース新書] 5/16 猫とジャズ、豚インフルエンザと高官のスキャンダル

5月16日。この日は、まさにあと4時間で民主党代表選挙が行われるという時の放送であった。
鳩山氏と岡田氏の戦い。その前評判と結果を今さら振り返ることはしないが、まあ、代表を辞めた小沢氏は、変な言い方だが、小沢氏の原点に戻ったような……。
ともかく、鳩山新代表に決まった以上、「院政」とはあえて口にせず、しばらく冷静に見守ってみないか。
うん、私も岡田代表のほうが良いと思ったけどね。

さて、公式サイトの「田勢のあとがきのあとがき」で、こんな一文があった。

政権交代の可能性のない政治は緊張感に欠ける。緊張感に欠ける政治の下では、JRの無料パスを使って愛人と温泉旅行に出かけてしまうようなとんでもない政府高官が現れる。

議員の公務で使われる為の無料パスを使い、愛人と温泉に出かける破廉恥漢…。名前こそ伏せられたものの、その話に触れられると、我ら兵庫県民は屈辱に震えてしまう。
その男は、我らが兵庫県選出の参議院議員、鴻池祥肇(よしただ)前官房副長官。今、豚インフルエンザと鴻池の不祥事が二つの波となって、地元兵庫を襲っている。

地元民でもふりがな無しで下の名は読めない鴻池祥肇。本人曰く「三代に亘る艶福家」鴻池祥肇。地元では「あそこの大きな家」で有名、鴻池祥肇。
今年一月、議員宿舎に愛人を泊まらせたと週刊新潮に書かれた時は「天地神明に誓って無い」とまで言い切ったものの、それが新潮記者の闘志に火を点けたのか、今回の温泉旅行は目の前に写真を突き付けられ、「もはやこれまで」と観念したらしく、涙目で洗いざらい暴露した後に入院してしまった、そんな鴻池祥肇。

週刊新潮2009年5月21日号から、鴻池の発言を引用。
「3月くらいから体調悪くて(略)”間質性肺炎”て診断で、官房長官にも事情を話して休ませてもらいました。そやから、熱海には静養のつもりもありまして…。」
愛人を連れて!?

今回のスキャンダルを受けて、政治評論家の浅川博忠氏は言った。
「今回は、精力が余り過ぎた”健康問題”です。」(週刊朝日 2009年5月29日号)
老いてなお盛ん。内臓の悪さと…いや、これ以上は言うまい。
(5/20追記 鴻池議員は、自民党兵庫県連から除籍処分を受けた。)

いや、本当に、参議院議員だから次の解散総選挙は関係無いけど、良識があるなら議員辞職して下さい。

大江アナ曰く、「週刊ニュース新書」を象徴するのは「猫とジャズ」だという。私も知識は無いがジャズ好きで、いちおうアルトサックス奏者であり、ニュース新書のオープニング曲はなかなか良いと思っていたのだ。一体だれの演奏した何という曲かと調べてみたら、あの有名なビッグバンド、カウント・ベイシー楽団が演奏する「Huckleback」という曲だそうだ。明日の会社帰りに、外資系のレコード店で探してみよう。

【カウント・ベイシー楽団】
あの有名なビッグバンド、という程度にしか語れないところが、管理人のジャズに対する造形の浅さを物語っている。ジャズは知識で聞くものじゃない、フィーリングだ、などという台詞も恥の上塗りなので言わないが、実際、身体で感じるものだと思っている。
ちなみに好きなジャズミュージシャンは、渡辺貞夫と大野雄二。やはり造形が浅い。

【渡辺貞夫】
サックスフォン奏者。近年は愛知万博でも活躍した。お笑い芸人「世界のナベアツ」の芸名は、サダオさんの二つ名「世界のナベサダ」をもじったものだと私は予想しているが、定かではない。

【大野雄二】
ピアニスト。「ルパン三世」の音楽を作っていることで有名。彼の「LUPIN THE JAZZ」シリーズは秀逸。最近の「ルパン三世」の新作は見逃し続けているが、サウンドトラックは買ってしまう。

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2009年5月17日 (日)

[モヤさま] 天地局長、平和への祈り。 -桜新町①-

人との絆は、一度離れた時にこそ強く実感する。
「前回のロケは、お二人が途中でいなくなったから寂しかったです。」
とさまぁ〜ずに告げた大江アナ。この言葉をシローが聞いたら、面白くないと言われるよりも深く傷ついたかも知れない。俺じゃダメなのか、貴方の心の寂しさを埋められなかったのかと。
(DVDの副音声で、シローは下心があるようなことを自ら語っており、前回せっかく二人きりでロケができたというのに、楽しそうには見えなかった。自信が無いゆえか。)
シローの仕事ぶりは、たかはCが三村にさんざん告げ口をしたらしく、三村はシローを呼びつけて叱責したそうだ。思うのだが、たかはCはシローのことが本気で嫌いだろ。

おもちゃコレクターの店主が営む酒屋「まんとよ」にて、三人は年代ものの「テッカマンカルタ」をやらせてもらう。使われず箱にしまわれたままで古くなったので、重なった札がへばりついてしまっている。
カルタゆえに、原作にないようなエピソードでもむりやり作って、50音全て揃えなければならない。
「ほ」の札は「星空を見つめる天地局長」。背負った責任の重さを物語っている深いシワの刻まれた顔で、遠い目で星空を見上げる局長が描かれている。この果てしない戦いがいつか終わり、平和が訪れることを強く祈っているのだろう。

模型屋の前で見つけた「金の卵」のガチャガチャ。一見珍しいがかなり姑息である。カプセルを金の卵風にしただけではないか。「金の卵」そのものを売りにしている為に中身は何でも良く、透明のカプセルと違って何が入っているかも見えない。実際、中身も亀の形の財布とかヒドいものだった。
金の卵の中からは、かつて物議を醸したキャラクター「パックリコ」も入っていたが軽く流された。

稲荷神社の赤い鳥居を見つけた三人。
「俺、まだ後厄だから。」
という三村の意向でお参りをすることにした。厄はあったのかと尋ねられ、
痛風にかかっちゃって。」
と呟いた直後に、足を踏み外して膝を痛める三村。まさか、2回連続でロケをリタイアかと戦慄がはしったが、本当の危機はそこではなかった。

気づいた時、敵は既に、三村の心臓を狙っていた。三村の胸元に付けられたマイクに隠れていたカメムシ
「ちょっと、取って、取って!」
三人が動揺している間に、カメムシはマイクのコードを伝い、三村ののど元へと向かった。大江アナは財布を武器にして何とか追い払おうとするが腰が引けている。虫が苦手らしい大竹は見守るだけで手を出さない。

…大江さん、手で掴むのが怖くても、何とかして助けてあげようとした気持ちは解ります。財布では分厚すぎてやりにくかったのも解ります。でも、財布の中から千円札を出して、それで引っ掻くようにして取ろうとしたのは面白すぎませんか。

カメムシは三村の口を迂回し、鼻へと近づいた。
「くっせえ!」
臭いにたまりかねた三村は、己の手で乱暴に払い落とした。最初からそうしなはれ。

例によって、二拝二拍手一拝の正式な作法で参拝する三人。最後の礼は、大江アナだけが妙に長かった。
番組でお参りする時は、常に「モヤさま」の存続を祈っていると言っている彼女だが、今回妙に長かったのは、きっとこういうことではないか。
「番組が続きますように。他の人ではなく、さまぁ〜ずのお二人と一緒に続けられますように。」
と。

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日教組と戦う中山成彬議員、次期衆院選への出馬を再検討。

「日教組はガン」「日教組をぶっ潰す」等、度重なる過激な日教組批判で物議を醸し、遂には党県連にまで反対されて、昨年10月に次期衆院選には出馬しない意向を発表した、自民党の中山成彬議員。

その中山氏が、「再考して出馬の可能性を探る意向を示した」ことを発表したと、日本経済新聞5月17日朝刊の総合・政治面に小さく載っていた。
どういうことだ。例え無所属で出ることになっても、教育を改革するという決意を新たにして、もう一度やろうというのだろうか。

インターネットで検索してみると、「宮崎日日新聞」のWebサイトに掲載された記事では、「支持者グループから立候補を求める署名を受け取った」とある。支持者グループの詳細は不明だが、彼の目指す教育改革に同調するグループなのか。

しかし、選挙区の自民党県連では、既に次期衆院選での候補予定者を決めたらしく、それには中山氏本人も悩んでいるそうだ。
もはや、本当に出馬しようとするのなら、無所属で出馬するしかないのではないだろうか。公認は得られないだろう。

だが、あえて無所属で出て欲しいと私は期待している。教育改革への志が本物なら出るべきだ。
グループに入ることはないかと思うが、同じ志を持つ平沼赳夫氏からも、何らかの協力が得られるかも知れない。
自民党という組織から離れ、己の力で教育改革を目指し活動するか。それとも執筆や講演で、教育改革を求める世論を形成するか。どちらにしろこのまま諦めずに戦って欲しいものだ。

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2009年5月16日 (土)

[ニュース新書] 5/9 それぞれの「母の日」

ムネオに関する記述が長くなりすぎたので、この回は三回に分けることになってしまった。

「週刊ニュース新書」公式サイトの、「大江アナのホッとひと息」より。この放送は「母の日」の一日前だった。
大江アナ曰く、
「例年は母の健康を祈って、寝ることにまつわるものを贈っていたが、今年は母に美容に気を遣ってもらいたいという思いがあって、美顔スチーマーを贈ろうと思う。」
と。
ええ子や。
いくつになっても諦めず、美しくありたいと心がける。まさしく堺屋太一氏の提唱する、高齢者を老いさせない、進歩した高齢社会の在り方である。

そう、贈り物とは、贈る相手のことを想う心を形にすることである。
ちなみに我ら兄妹は、子供の頃は母の日、父の日など何も意識していなかったが、大人になってからは、兄妹それぞれが贈り物をするようになった。
甘いもの好きの母にはちょっと高級な菓子を、酒飲みの父にはちょっと高級な焼酎を、兄妹がそれぞれ買ってきて贈るのが恒例になっている。当然、父母は喜んでいるのだが、それがかえって、結果として父母の健康を損なわせることになってはいないか。今年30になる長兄である私は、別の視点から見てみたのである。

今年こそは両親を甘やかす(?)のではなく、本当に両親の為を思って、例えばランニングシューズであるとか、彼らの健康と減量を考えたものを贈るべきではないか。
そう思ったのだが、そんなものを贈ったところで、一度も使われないのは目に見えているので止めて、それでもさすがに甘いものは贈る気になれず、「母の日」には読書家の一家らしく図書カードを贈った。
母は読書家なのでそれで良いが、一家の中で唯一本を好まない父にはどうすべきか。結局焼酎を贈ることになるか。息子であるこの私も劣らず酒飲みである為、珍しい焼酎を選ぶのも案外楽しんでいたりもするので、そうなるだろう。

美味しいものを飲み食いする幸せの対価として、健康を損なう害は覚悟すべきだ。「母の日」「父の日」という微笑ましき行事にかこつけて、それらをもたらしてしまう我ら子供達もまた、その罪を共に背負う覚悟である。
こんな風に考えれば、何だか「母の日」「父の日」も重たくなってきた。

ちなみに「母の日」には、育ての親である祖母にも贈り物をしている。80を越えた祖母は物欲も無いので、「祖母が喜ぶもの=亡き祖父に供えるもの」という発想で今年は線香を買ってきた。
「お経の出るお線香 経文香」
まだ使ってみていないのでよく解らんが、線香に火を点けて燃やすと、燃えた後で線香の中の芯が残り、「南無大師遍照金剛」の経文が浮かび上がると書いてある。
…まあ結局は、オカルトマニアである私の趣味に走っている感も否定できないが。

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[ニュース新書] 5/9 鈴木宗男インタビュー(2) 北方領土返還の「化身」、鈴木宗男。

「新党大地」という党名は、宗男氏が「心友」と呼ぶ男、歌手の松山千春が名付けた。新党大地の党首となった宗男氏のトレードマークとして定着した緑色のネクタイは、まさしく雄大な大地を表しているものだと私は解釈している。

鈴木宗男氏の悲願である北方領土返還。言うまでもなく本人は諦めておらず、最前線から離された今でも実現に向けて活動し続けている。そんな鈴木氏が語る北方領土問題。情熱が全身からほとばしり、言葉が口から出るのを待つのすらもどかしい、といった感じに見えた。

麻生首相とロシアのプーチン首相との会談に先駆け、宗男氏は国会の場で、麻生首相に
「総理のやり方で良い。総理が突っ込んでいけばロシア側も乗ってくる。」
と助言した。宗男氏が著書で語るところによれば、ロシアの政治家は例え自分自身の考えと対立する意見であっても、己の原理原則を堂々と主張する人物を信用するという。

「北方領土は四島の帰属の問題の解決なのだ。(その本質から外れて)面積等分なんて、日本国の代表が提案してはいけない。これは国益を大きく損ねたと思う。
逆に言えば、北方四島の帰属の問題が解決されれば、返還時期には柔軟に対応するというのが従来の日本の考え方だ。

「帰属の問題」。この言葉の真意は、宗男氏と佐藤優氏の共著、「北方領土特命交渉」(講談社+α文庫)で詳しく解説されている。
「日本が北方領土返還にこだわるのは、経済的な損得勘定ではない。経済面だけで考えるなら、一定の漁業資源はあるにしても、それを上回るインフラ整備の支出が必要になってくる。
北方領土問題の本質は、日本国家と日本人の「名誉と尊厳」を基本に考えるべきである。」(同書P.191の記述を要約)

日本国の名誉と尊厳を取り戻す為の交渉。まるで切り売りのような分割返還で手打ちになったとしたら、「名誉と尊厳」など二度と取り戻せない。むしろ、現代日本には「名誉と尊厳」という価値観そのものが無くなってしまったと証明することになる。
実際、「国家の尊厳」という価値観を教えられぬ「戦後教育」を受けた世代で、かつ北方領土問題を肌で感じない地域で育った我々は、北方領土問題を「鮭が獲れない」という視点でしか想像できなかった。そして返還されないのをどこか「当たり前」に感じて諦めていた。
橋本政権時代に、返還一歩手前まで近づいていたと私が知ったのもほんの一カ月前である。これほどまでに、己が無関心だったことに悔いたことは無かった。その時知っていたとして何が変わったわけではないとしても。

次期衆院選をきっかけに政界再編が起こるのは必然であると言われている。民主党が勢いを失ったことでかえって、再編後の勢力図がどうなるかはまるで想像もつかなくなってきた。
新党大地は現状一人だ。だがそれゆえに小回りが利く。衆院選後の内閣がどのような形になるかは解らないが、いびつな形で北方領土問題を手打ちにしてしまう前に、宗男氏をもう一度、日露外交の最前線に立たせることはできないだろうか。

宗男氏は、自身の著書「汚名」(講談社)の中で言った。
自分と佐藤優氏が逮捕された後で、外務省の官僚たちが手柄を横取りして北方領土問題返還を成功させたのならまだ良かった。当然悔しいが、結果として北方領土が還ってきたとしたら、むしろ奴らに「よくやった。」と言ってやったと。だが外務官僚達は、自分達が拘置所に入れられていた間、北方領土返還に対し何の結果も出してこなかった。
これを知った宗男氏は、自分が胃ガンにかかったのを知りながらも死んでも死にきれぬ思いで、例え無所属でも再び政界に戻ることを決意したという。

もはや北方領土返還の「化身」となった鈴木宗男氏。その一心を叶える為には、やはり世論の後押しが必要だ。国民一人一人が関心を持つということは、「それだけでは何も変わりはしない。」と思われがちだが、集まれば見えない力となって確実に効いてくる。

とにかく難しいことは抜きにしても、鈴木宗男氏の「汚名」は読み物として本当に面白いし、別に難しいことは書いていないから、とりあえず読んでみないか。
私がそう訴えたところで、こんなblogはほとんど誰も見ていないのであるが。

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2009年5月14日 (木)

[ニュース新書] 5/9 鈴木宗男インタビュー(1) あと一歩のところで掴みそこねた北方領土

「週刊ニュース新書」5/9のゲストは、新党大地の鈴木宗男代表。
インタビューを聞いていると、私はその熱意に圧され、汗が噴き出た。

いきなりだが、番組公式サイトの「田勢のあとがきのあとがき」から引用する。

「地吹雪の底から這い上がってきたような政治家。それが私の宗男さんの印象である。(略)エネルギーに感心すると共に、ときどき危なっかしいな、と思うこともあった。(略)宗男さんのような政治家は、どこかで足をひっぱられることが多い。」

まさしくその通りで、宗男氏は外務省との権力闘争に敗れ、一度は政界を追われた。そして宗男氏の失脚と共に、一度はそこまで手が届いていた北方領土返還の悲願は白紙に戻ってしまったのだ。

以下、鈴木宗男氏のインタビューのレビューを書く前に、管理人自身の備忘録を兼ねて、鈴木宗男、佐藤優両氏の携わった「北方領土特命交渉」を整理したい。

橋本内閣で北海道・沖縄開発庁長官を務めていた鈴木宗男氏は、ロシアに精通している外務省専門職員の佐藤優氏と組み、「北方領土返還交渉を有利に進める為、いかに橋本総理をエリツィンの懐に飛び込ませるか。」を真剣に考えた。キーポイントは二つ。
一つは「スキンシップを嫌がらないこと」。もう一つは「教師と生徒の関係」。

宗男氏曰く、ロシア人は(一般論として)下ネタ好き。そしてロシアの文化として、政治の重要案件などは、サウナの中で話し合われることが多いという。
「サウナの中でエリツィンが総理の股間を握ってきても、驚かず笑って『気持ちいいなあ』とやり返して下さい。
お堅い橋本総理に対し、宗男氏は勇気を出して真剣に助言したという。
(しかし、「気持ちいい」は言い過ぎでは…。それがロシア文化なのか?)

そして、エリツィンへの贈り物として宗男氏と佐藤氏が選んだのは、日本製のズーム付きカメラ。橋本総理が一眼レフにしようとしたのを止め、ズーム付きにこだわった。
「このズーム式カメラの伸縮が男性器を連想させるので、ロシア人に受けるのですよ。」

重ねて言うが、これはロシアに精通する宗男、佐藤両氏が、ロシアへの真心と日本の国益を考えた上での真剣な助言である。そして、このカメラの使い方を橋本総理自らがエリツィンに教えることで、総理は「教師」としての心理的な優位に立てるのだと。

そうして迎えたクラスノヤルスク会談。(1997年11月1日、2日)
宗男氏、佐藤氏の思惑通り、橋本総理からズーム式カメラを受け取ったエリツィンは大喜び。それと同時に、エリツィンは日本政府側を「容易ならざる相手」と気付いた上で、心を開きはじめたという。
「サウナはやめにして、クリル(千島列島、つまり北方領土)の話をしよう。」

このクラスノヤルスク会談で、橋本総理とエリツィン大統領との仲は強固なものとなり、その半年後に行われた川奈会談(1998年4月18日、19日)で、エリツィン大統領は北方領土返還について前向きであることを記者会見で表明した。しかし、ロシアが川奈での提案を正式に受諾する前に、橋本総理は参院選敗北(1998年7月)の責任を取り辞任することになった。

後に、小渕内閣で外交最高顧問となった橋本氏は、訪露時(1999年11月15日~17日)にエリツィン大統領と電話会談を行った。エリツィンは、
「リュウ、リュウ、何でお前は総理を辞めたんだ。お前とクリルの問題を解決しようと思っていたんだぞ。運命がどうしてズレちまったんだ…。
と泣きながら訴えたという。
そしてそれから1か月後、エリツィン大統領もまた、ロシア経済危機の責任を取り辞任した。(1999年12月31日)

その後の小渕内閣、森内閣でも、宗男氏と佐藤氏は北方領土交渉に動き、イルクーツク声明(2001年3月15日)により再び北方領土に手が伸びたかに見えた。
しかしその1か月後に森内閣は総辞職。小泉内閣では田中真紀子氏が外務大臣に就任。これをきっかけに宗男氏は外務省内の権力闘争に巻き込まれた。

あとはご存知の通り。鈴木宗男氏と佐藤優氏は逮捕され、彼らは対露外交から遠ざけられた。そして未だに北方領土返還の目途はたっていない。

(番組のレビューは次回に続く。5/16午前に更新予定。)

参考資料:
「汚名」 鈴木宗男 講談社
「北方領土 特命交渉」 鈴木宗男・佐藤優 講談社+α文庫
「国家の罠」 佐藤優 新潮社

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2009年5月13日 (水)

渡辺喜美氏、江田憲司氏のグループは「日本の夜明け」に決定。

民主の次期代表は岡田氏か鳩山氏か。それも確かに重要だろうが、もっと視野を広げようではないか。

山形では、現役の山形市議会議員、伊藤香織氏が山形1区での出馬を表明。彼女に衆院選への出馬を打診したのが、郵政民営化に造反し自民を離党した、平沼赳夫元経済産業大臣である。
メディアでは、平沼氏の口から語られることはあるものの、姿を現さない「平沼グループ」。実際に誰が所属しているのか。

「グループの中心は城内実氏や小泉龍司氏という、郵政選挙で落選した議員たち。他には県会議員や議員秘書だった人など。」「全員、私(平沼氏)が面接をした、思想も生き方も決してぶれないと判断した力強いメンバーだ。」
(「七人の政治家の七つの大罪」P.241)

近年流行りの「パフォーマンス」は嫌いだという平沼氏だが、本当に期待の持てる第三極が求められている今だからこそ、メディアを通して国民に声を届けるべきではないか。そう思う。

公務員改革を志す「劇団ふたり」こと渡辺喜美、江田憲司両氏は、彼らが結成した無所属議員の政策グループを「日本の夜明け」と命名(公募で選んだ)。あと三人の現職国会議員を招き、正式な新党としての発足を目指すという。

そして新党大地の鈴木宗男氏は、「週刊ニュース新書」のインタビューで、
「新党大地は次期衆院選で2議席獲得を目指す。素晴らしい候補者を用意している。2議席獲得できれば新党大地は大きな力を持つ。
と力強く語った。今もたった一人の新党で、質問主意書を武器に戦う宗男氏。一人が二人になることで政治を大きく変えられるというエネルギーに溢れた信念に、単純な私は心を打たれた。
「二人の力」そして「素晴らしい人物」。宗男氏がそこまで言うほどの人物とは一体誰なのか。まさか、北方領土特命交渉の盟友、佐藤優氏擁立などということがあり得るのか?……案外、あるかも知れない。

もし、本当に鈴木宗男氏、佐藤優氏の「新党大地」コンビが実現したのなら、是非とも渡辺、江田両氏の「日本の夜明け」と手を組み、外務省との最終決戦に臨んでもらいたい。
外務省の皆様、渡辺喜美総理大臣、江田憲司官房長官、そして佐藤優外務大臣などという夢(悪夢?)のキャスティングは如何でしょう。

もう一人気になるのが、「減反の維持や強化は賛成しない」との意向を遂に明言した石破茂農水大臣である。一般消費者の支持は得ているものの、農協や農林族議員からは強烈な反発を受けているとたびたび報じられている。

石破氏は意外にも、羽田・小沢派が造反した1993年の宮澤内閣不信任案決議で、彼もまた賛成票を投じ自民党を離党、新生党、新進党に所属していた時期があったという。不信任案に賛成した動機は、不信任案提出のきっかけとなった「小選挙区制導入」を実現したかったためだったと。本人の信念で思い切った行動に出たのだ。

石破氏のタブー無き農政改革の志が本物なら、自ら自民党を離党し、再編の渦に飛び込むことで突破口を見いだせるのではないか。自民党が下野する可能性は依然高い。もし政権を維持できても、抵抗勢力に足を引っ張られて停滞するのはもっと悪い。
離党ありきの提案ではなく、農政改革の達成こそが目的であるのは当然であるが、いざという時には本物の覚悟を見せていただきたい。

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2009年5月12日 (火)

小沢一郎が主人公の「平家物語」 -「総理の座」より(2)-

「総理の座」 田勢康弘 文春文庫

(前回の「総理の座」レビュー、「風のように消えた細川内閣」はこちら

上記の本を、私は先日、amazonから古本で手に入れた。何と売価1円。これで売りに出す古本屋も商売にならんだろうに。まだ在庫があったと思うので興味のある方はamazonへどうぞ
この本を私は、田勢氏が描いた小沢一郎の「平家物語」として読んだ。

宮澤内閣発足前、小沢氏は竹下派の実力者として、宮澤氏を含む三人の総裁候補を呼びつけ面接、竹下派が推す総裁候補を選出したという。この頃が自民党内での権力の絶頂期であった。(「小沢面接」などと呼ばれ、小沢氏の「傲慢」「得体の知れない」人物像を象徴するエピソードとして、小沢氏批判を述べる人が頻繁に持ち出す。)
その後、「東京佐川急便事件」で金丸信という後ろ盾を無くし、梶山静六氏との「一六戦争」によって自民党は分裂。総選挙の結果、自民党は下野し、小沢氏は非自民連立政権の「黒幕」となった。
しかしその後、連立与党から追い出した社会党が、自民党との連立を組むという離れ技をやってのけ、遂に小沢氏は野に下った。

田勢氏曰く、小沢一郎と言う人は、明治維新における西郷隆盛だという。

「小沢氏には現代日本の政治家にしてはめずらしく物を壊す才能がある。破壊力は抜群である。が、新しい物を造ることはどうやら極めて不得手のようだ。
小沢氏にとっての不幸は、壊したあとに新しい物を造る指導者、大久保利通がいないことだ。そのうえ、時代は民主主義。透明性の高い議論が求められる時代には問答無用のようなやり方は通用しない。それにしても『破壊者』がおとなしくなっては政治はつまらない。」

(P.46-47 1999年11月29日に書かれたコラム)

さて、先ほどの記事を書いた時点では、私はまだ5/11の「WBS」を見ておらず、書いた後で録画していたものを確認したわけだが、田勢先生、同日の日経朝刊に掲載したコラム「核心」の内容と、「WBS」で語った内容に違いが無いか?

「核心」では、小沢氏が既に辞める覚悟を決めていて、辞めるタイミングを見計らっているのだと思っていたものの、最近の「衆院選で政権交代を実現」「身の朽ちるまで使命を達成する」という発言、そして民主党の対応を見て、小沢氏が代表のまま衆院選に臨む可能性も出てきたと、自らの予想が揺れているかのように語っていた
しかし「WBS」では、小沢氏の側から日程を決めて党首討論を申し込んだのを見て、田勢氏は小沢氏が辞任する意思を固めたのではないかと予感したと語っていた。

これは一体……?

「週刊ニュース新書」鈴木宗男氏出演の回のレビューを書きたいのだが、それは麻生首相・プーチン首相の会談が終わってからにしようと思う。

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小沢代表の辞任には「投げ出し」感が否めぬ。

5月9日、京都で行われた民主党の集会の場で、小沢代表続投に反対する立場と目されていた前原誠司副代表は、

「小沢代表が西松建設の件でしっかり説明し、納得できない有権者の数が減るなら代表続投もあるかも知れない。」

と発言したという。

5月11日の「日本経済新聞」朝刊では、「週刊ニュース新書」でもお馴染みの客員コラムニスト、田勢康弘氏が、コラム「核心」に以下のように書いていた。

「(小沢氏は)辞任カードを切るタイミングをはかっているのだな、と思ってきた。ところが、(略)このまま中央突破をめざすのではないかというようにも見えてきた。」

政治ジャーナリストとして長年小沢一郎を追いかけてきた田勢氏にも、いよいよ小沢氏がどういった行動に出るのかわからなくなってきたのだろう。
まさかこのコラムが出たその日の夜に、小沢氏が突然辞任を発表し、田勢氏自身も「WBS」に緊急出演することになるとは思いもしなかっただろう。

私はこの日の午後3時半頃、職場の休憩中に何気なく見た日経の携帯Webサイトで「小沢代表辞任」の見出しを見て思わず声をあげた。
そこからは仕事が手に付かず、大して忙しくなかったのをいいことに、自分のパソコンでニュースサイトを確認し、速報でアップロードされる記事から会見の全内容を読んだ。

記者会見でどんな発言が飛び出すのかと思ったらまるで期待外れだった。
何のことはない。己の辞任が選挙に有利にはたらく最高のタイミングを見計らっていたと言われていたが、小沢氏も世間が思っているほど強くはない。耐えきれなくなったのだろう。
党首討論を2日後に控え、補正予算審議の最中での辞任発表。安倍元首相、福田前首相と同じ「投げ出し」にしか見えない。

辞任会見においてもなお、「西松建設からの献金は適切に処理している。」と従来通りの説明を繰り返した小沢氏。これはもう、今後これ以上の説明は一切しない、これで終わりだということだろう。民主党の代表が変われば、有権者の気分は多少変わるかも知れないが、小沢氏と民主党に対する不信感はこれからも残っていくのでは。次期代表で名の挙がった人たちは、どの人も一度は代表になって、任期途中で辞めた人ばかりだし。

最後に、この日の午後8時頃になって小沢代表の辞任を知った先輩社員の、素朴すぎる感想(予想?)を発表しよう。
「小沢辞めるって?もしかして、もうすぐ逮捕されるからちゃうの?
あり得る、か…?

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2009年5月10日 (日)

宗男の前で、外務官僚は足をバタバタさせ、そして言った。「ボクちゃん、チャミチイでチュゥ。」 -「反省」より-

「反省 私たちはなぜ失敗したのか?」  鈴木宗男・佐藤優(対談) アスコム

北方領土問題解決にむけての期待がかけられている、5/11からのプーチン露首相の訪日に先駆け、日本経済新聞5/10の朝刊にプーチン首相のインタビューが載せられていた。

「『三・五島返還論』については日本国内でも固まっていないと聞いており、反応するのは時期尚早だ。外交方針の決定など対外関係は大統領の権限であり、首相は政府の先頭に立って難しい問題解決の条件を整えるのが役割だ。」

今回の訪露は経済関連が最優先で、北方領土問題に対しては慎重姿勢と同紙には書いてある。
ちなみに、
「個人的には3.5島返還でも良いのでは。北方四島を日露両国のつまづきの石にしたくはない。」
と発言した谷内正太郎政府代表は、上記の「反省」という本(出版当時は外務事務次官)の中では、「筋を通す官僚」であり、「外務省の救い」と高く評価されていた。(「高く評価」というのは適切でないかも知れない。「谷内さんが良い悪いと言いたいのではなくて、谷内正太郎的なものが当たり前であり」(P.213)と書かれている。外務省の標準があまりに非常識であると。)

そんな人物が、あくまで「個人的な考え」としながらも「3.5島返還論」に言及したのは、自身の立場と時期を考えればさすがに軽率だったのではと思えるし、それがロシア政府の態度に影響を与えたら大変だと思うのだが、それより気味が悪いのが外務省が4/17にしたとされる発表である。
「(谷内氏)本人に確認したら(3.5島返還については)言っていないとのことだった。」
…本人が言ったこと自体を否定したと言い切る。さすがに、正式なインタビュー記事での発言を「言っていない」では通らないと思うのだが、それを公式発表で言い切るのだから気味が悪い。

そんな外務省の「気味の悪さ」を、外務省の中でさんざん見てきた二人が語ったのが、上記の「反省」という本である。
2年前、この本の初版が書店に並んだのを見た私は、タイトル通り、彼らが刑事告訴された罪そのものに「反省」しているものだと思い込み、見向きもしなかった。
だがそうではない。彼らが「充分に反省した上で国民に説明しなければならない」と感じたこととは、「外務省の数々の不正を知りながら目をつぶり、野放しにした。むしろ彼らを庇ってしまった。」ことや、「周りの嫉妬や批判を相手にせず、がむしゃらに頑張っていたら結果が出ると思っていたが、結果的には足もとをすくわれ失敗し、国益を大きく損なってしまった。」ことなど。

またこの本には、数々の失態や醜態、不正の事実と共に、該当する外務省職員が実名で記載され、「特別付録」として本文の記載と紐づけられている外務官僚達の顔写真まで掲載されている。
これはもしかして、「反省」と称しながらも、外務省によって人生を変えられた二人が二つの火の玉となり、外務省に突入するかのような壮絶なる復讐なのでは。
私も当初はそんな穿った見方をしたのだが、それは本来の趣旨ではなく(そういう意図が全く無いとも思えないが)、佐藤氏曰くこの本は「一般企業のビジネスパーソンにも実用書として役に立つ」という。曰く、
企業や組織で、昨日まで慣行として認められていた、あるいは奨励されていたことが、ある日突然、犯罪とされ、司直の手が入ることがある。そういう人々にとって私たちの経験が何らかの役に立つのではないかと考える。」
多くの社会人達の胸に突き刺さる言葉であろう。通常業務の中でやっていることが、法的に見ればけっこう際どい、もしくは明らかに抵触していることが、一つ二つ思い当たるのでは。

それでは、この本に書かれていた、外務官僚の偉人伝を紹介しよう。

鈴木「(ある外務官僚が)酔っぱらって芸者さんの胸元に手を入れようとする。芸者さんが驚いて離れたら、幼児言葉になって『ボクちゃん、チャミチイ(寂しい)でチュ』などと言って、そいつは足を上げてオムツを替えてくれみたいなポーズを取った。」(略)

佐藤「そういう特殊な趣味があるヤツだ、単なる変態だと考えたら間違える。私も横で見ていましたが、鈴木宗男さんの前でこんな恥ずかしい幼児プレーをしても俺は大丈夫なんだと、特殊な関係を見せつける。計算された官僚の醜態で、『鈴木と何かあるときは必ず俺を通せ』とほかの外務官僚に対してアピールしているんです。(略)
すべて計算のうえでやっているのが外務官僚の恐ろしいところなんですね。」(P.149-150)

「異常とも思える行動を行う者の狡猾さを見誤るな。」という教訓であるが、逆説的にとらえれば、それをやるくらいなら死んだほうがマシなくらいの醜態を自ら晒すことで、トップとの強固な関係を(あるかのように)見せつけ支配権を握る、というこの奇策。
さすが我が国のエリートは考えることが違う。目の覚める思いがした。
もちろん、この「おむつプレイ」外務官僚の実名と顔写真も、同書にはちゃんと載っている。この人物が真性であれば、この仕打ちにさぞかし(以下略)

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2009年5月 9日 (土)

[モヤさま] 煮ても焼いても食えぬ奴 -下赤塚②-

「週刊ニュース新書」で久しぶりに見たムネオはやはり凄かった。
「次期衆院選で2議席獲得を目指す。2議席を獲得したら、新党大地は大きな力を持つ。」
わずか2議席の党に大きな力を見出すあの自信。おそるべきエネルギーである。

卓球で一回分休みを挟んだ回の、後半がアイツって……。
裏の人間は表に出てきてはいけなかった。しかも何でアイツが登場する時には雨が降るんだ。すすり泣くような弱々しい雨が。奴こそが本物の「雨降らし」だ。

私の認識が誤っていた。DVD特典に出ていた奴の「モヤモヤしろぉ~ず」は、奴本人の非力も当然あるが、同行する二人が冷たすぎるから広がっていかないのだと思っていた。
実際は、冷たくあしらう以外にやりようがなかったのか。

ダイジェストで映っていた弁当屋あたりは、きっと普段の三人なら面白くできたような気がする。

テンションが下がったから今回はこんな感じで。

そういえば、「モヤさま」の携帯Webサイトは、鉛筆抽選の応募に一回アクセスしただけで一度も見ていない。

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[モヤさま] 番組の終わりを告げるとき -常磐線SPの告知-

北品川「ルノナール」にて、収録の終わりに一杯のコーヒーを楽しむ三人。そこに現れたのは、「モヤさま」のチーフプロデューサーである伊藤P。なぜかスーツにネクタイ姿という、ロケ現場らしからぬ正装である。

「いつもロケ大変ですね。」
ごくありふれた世間話から切り出した伊藤P。それがかえって彼らしくないと、三兄妹の長兄である三村は逸早く察したようだ。
三村は、普段から表情の読み取りにくい伊藤Pの顔を横目で見た。みなまで言うな、解っている。辛い一言はお前の口からは言わせない。俺が背負うべきだ。三村は煙草の煙を吐き出し、そして言った。
「終わりますか…。『モヤモヤさまぁ~ず』、終了します、ね?」
それを聞いた大竹も薄々感づいていたのか、
「終わっても、しょうがないよね…。」
と、普段通りを装いあえて冷淡に言った。大江アナは寂しげな表情で黙って頷いた。涙をこらえていたのかも知れない。

伊藤Pはかすれたような声で言った。
「満を持して、お金をかけて行ったハワイが、史上最低視聴率…。」
「ハワイ、きれいにコケたね。」
何のタイアップも無しに企画したハワイロケがきれいにコケた。そりゃあ終わっても仕方ない。

「局アナとして、ワキ汗を…。」
伊藤Pが言い終わらぬうちにコーヒーを噴き出す大江アナ
「あれが最高視聴率…。」
「本当ですか!?」
「ハワイが最低で、ワキ汗が最高って!?」
大江アナは思わず、今は染みていないワキを手で隠してしまう。
ここで大江さんに一つ忠告しておきたい。そういう何気なくやった仕草一つが、よけいにマニアを悦ばせることになるから、気をつけてもっとやったほうが良い。
えっ?いま私なにか、変なこと言いましたっけ。

まるでこの話の流れだと、ワキ汗が最高視聴率を取った事実も含めて、局の上層部は打ち切りを決めたように聞こえる。そんな「モヤさま」に最後のチャンスとして与えられたのが、福山雅治主演のドラマ「ガリレオ」第一回と同じ時間帯に放送される、ゴールデンタイムの90分スペシャル。かつての正月特番の時と同じく、全2枚くらいの企画書を提出してみたらなぜか編成が通したという。
「これ、視聴率1%とか出ちゃうかも知れない。でも、怪我するのはお二人(さまぁ~ず)ですから。」
最低なセリフを平気で口走る伊藤P。やはりこの人は狂っている。制作の責任者はあんたなんだから、あんたの未来も断たれるだろうよ。それとも、いっそ楽になりたいのか?
「テレビ東京って、どんな企画でも通るんじゃないかって気がしてきました。」
常軌を逸した先輩に合わせるようにして呟いた大江アナ。しかしその言葉を聞いた伊藤Pは、
「そんなことないよ!」
と、急に酔いが醒めたかのように怒りだす。なんでそこだけ怒ったんや。自分で言う分には良いけど、後輩に言われるのは嫌なんか。困った人だ。

伊藤Pとテレビ東京の編成は、別に狂ったわけでもなければ自棄になったわけでもなく、人気ドラマ「ガリレオ」に関心を持たない、既に「テレビ離れ」になっている少数派の視聴者を掘り起こしたかったのかも知れない。まさに、当blogの管理人などはその一人である。
伊藤Pはこのゴールデンスペシャルを「深夜枠でのレギュラー放送の宣伝の為」と言ったそうだが、冗談ではなく本当にそのつもりだったのだろう。そして、それは確実に、今に繋がっていると思える。
まあ、それでも、この伊藤Pが狂っていることには違いないと思うけどな。

(常磐線SP本編はまだ見ていないので、いつレビューを書けるか解りません。)

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[ニュース新書] 5/2 湯殿山の即身仏

我々人間達に「目を覚ませ!」と言わんばかりに、連休明け初日の午前から、わが社が客先に導入したシステムは大暴れしてくれた。親のしつけが悪かったからねぇ。

そんなわけで、というわけでもないのだが、5/2放送分の「週刊ニュース新書」の録画はまだ見られていない。5/9の分はムネオさんが出るから放送時間に見る。その後でゆっくり見よう。

公式サイトの動画で、大江アナが田勢氏の故郷である山形(中国の黒龍江省生まれじゃなかったっけ。生まれてからすぐ山形に引っ越したのか。)にある湯殿山へ、即身仏(僧侶が瞑想したままミイラ化したもの)を取材しに行ったと語っていた。
湯殿山の即身仏…。何となく記憶に引っかかるものがあり、古い本棚を探してみた。やはりまだ残っていたか。
「Books Esoterica 第19号 真言密教の本」(学研)

【真言密教の本】
以前このblogで、私が隠れオカルトマニアだと書いた記憶があるが、実は若い頃はけっこう深みに嵌ったマニアだった。
一族の宗派が真言宗であることから、真言密教には特に興味があった。そのわりに、当時研究したことはほとんど記憶に残っていない。

湯殿山の即身仏と言えば、注連寺に存在する鉄門海上人は出てくると見ていいだろう。

【鉄門海】
俗名は砂田鉄。青年時代は川人足だったが、ある日、馴染みの遊女をめぐる争いで武士を殴り殺してしまい(異説あり)、注連寺に逃げ込んで行者となり、名を鉄門海と改めた。
ある日、修行中の鉄門海を遊女が訪ねてきた。一緒になりたいと迫る遊女への思いを断ち切る為、鉄門海は己の生殖器を切り取り、彼女に「持っていけ。」と託した。
それを懐紙に包んで戻った遊女のもとには客がひっきりなしに訪れ大いに繁盛した。鉄門海の生殖器がもたらす神通力は評判になり、遊女たちの間で引っ張りだこになった。そのうちに生殖器はひからびてミイラ化したという。
(参考資料:「Books Esoterica 第19号 真言密教の本」(学研)P.126-127)

壮絶すぎる。
ちなみに、注連寺に存在するのは上記の干上がった生殖器ではなく、ちゃんとした鉄門海上人の即身仏であるのでお間違えなきよう。その辺のちゃんとした経緯は、きっと5/29の特別番組で解説されるだろう。
ここまで書いておいて、番組で紹介された即身仏が鉄門海上人でなかったら、当管理人も赤っ恥だが。

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2009年5月 8日 (金)

外務大臣が愛したテロリスト -「メドゥーサ」より(3)-

「メドゥーサ」 全8巻 かわぐちかいじ 小学館文庫(漫画)

前回の続き)

「メドゥーサ」レビューの締めとして、この作品の最大の名場面を紹介しよう。

民自党に反旗を翻した榊龍男外務大臣は、その意趣返しとして、テロリストとして指名手配中の榊陽子との関係をマスコミに暴露された。

龍男は松下総理に辞表を提出した後で記者会見に臨んだ。
龍男は、テロリスト榊陽子と過去に恋愛関係にあったことをはっきり事実として認めた。マスコミは激しく動揺しながらも、民自党代議士の実子であった陽子がなぜ反権力闘争に走ったのかの真意を龍男に尋ねた。
龍男は、
「陽子は己の信念に基づいて行動しており、彼女が今でも生きているのなら、世界のどこかで世の不正と戦っているはずだ。」
と答えた。
「取るべき手段は違っても、彼女は『明るく豊かな社会』を目指し戦っているのだ。」
と、テロリストの大義を悪びれもせず認めたのだ。龍男が外務大臣の辞意を表明したことはまだ発表されておらず、現役の閣僚がテロリストの行為を認めた形になっている。

龍男の堂々とした態度に気圧された記者たちは、己の意見ではなく米国議会の見解を借りて龍男を追求した。
「米議会から、あなたは危険思想の持ち主だと叩かれていますが、彼女との関係を後悔していますか!?」
龍男は答えた。
「女性を愛することが危険かどうか理解しかねますが、もしその気持ちがいたずらなものなら悔いることもあるでしょう。
愛するに値する女性を愛したのです…。後悔は全くありません!

マスコミは龍男を、破廉恥で危険思想を持つ政治家と批判した。一方、龍男が今も「まっすぐに生きている」ことを知った陽子は、
「これから何年も塀の中で生きなければならないとしても、あなたが生きている限り、私も生きていける…!」
と確信、マスコミの前で、闇の権力者達とそれに繋がる政治家、官僚達の罪を全て暴露し、龍男に立ちはだかる敵を葬った後で、潔く司法の裁きを受けようと決意した。

この漫画のクライマックスは、晴れて総理大臣となった榊龍男と、かつての陽子の同志であったパレスチナゲリラ山路とが、原子力発電所の中で陽子を賭けて一対一の決闘を行う。
本格的な日本の政治ドラマだったはずが、なぜか最後は、ハリウッド映画のような激しいアクションシーンである。だがこの決闘をもって、作品のタイトルである「メドゥーサ」の神話は完成するのだ。

(終)

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かわぐちかいじが描く「小沢神話」 -「メドゥーサ」より(2)-

「メドゥーサ」 全8巻 かわぐちかいじ 小学館文庫(漫画)

前回の続き)

自民党最大派閥竹下派を割り、自民党を割って下野させた小沢一郎氏。
小沢氏が自民党を割った動機は、小渕恵三氏と羽田務氏との派閥後継者争いや、小沢氏と梶山静六氏との「一六戦争」などによる自民党内の権力闘争の結果だったのかも知れないが、作中の小倉一郎はそんな小さなことで戦ってはいない。
小倉一郎と榊龍男は、まさしく日本の闇の権力そのものに戦いを挑んでいる。

当時はちょうど、ベルリンの壁崩壊により東西ドイツが統一され、ソビエト連邦が解体され東西冷戦が終結した頃だった。榊龍男は、ドイツやロシアなどの自由主義経済が未発達な国に経済支援をすることが、将来の日本経済の発展にも役立つと共に、中東に依存している石油の輸入をロシアにシフトすることは国益に適うと主張。この政策が、日本の中東オイル族議員達の強烈な反発を買い、図らずしも族議員達の後ろ盾となっている闇の権力者達をあぶり出してしまった。
闇の権力者、それは日本のホテル王と、アラブの石油王、そして元GHQ民政局少将。

政治を私物化する奴らこそ、龍男が最も憎むべき相手。龍男は民自党を割って政権交代を成し遂げ、下野した民自党もろとも闇の権力を国政から切り離そうと決意。同期の実力者である小倉一郎に協力を求めた。(この図式で言うと、龍男は羽田務、ということになるのか?)
「よかろう。この日本の舵取り、貴様一人では危なっかしい。」
龍男と共に戦う決意を固めたものの、恩のある松下総理(明らかに竹下登がモデル)に弓を引くことをためらっていた小倉。しかしその直後、小倉は刺客に襲われ重傷を負った。病院に運ばれた小倉を見舞った松下総理の態度を見て、小倉は松下が闇の権力に屈したと悟り、小倉の迷いは消えた。

正攻法しか知らぬ龍男と違い、小倉はケンカのやり方を心得ていた。あくまで松下に従順なふりをして榊派を孤立したように見せかけていた。そして決起の日、造反した榊派15名に、小倉派40名が呼応。「榊の乱」は成功し、有望な若手議員を根こそぎ奪われた民自党は、戦後から脱却できぬ旧態依然とした組織に落ちてしまった。

詳細は端折るが、最終話では小倉一郎は非民自政権の総理大臣となっている。
それにしても、かわぐちかいじが描いた小沢、もとい小倉一郎の剛腕伝説、小沢氏自身が「沈黙の艦隊」の大ファンだからという縁だからなのかどうか知らないが、格好良すぎないか?

現実世界での小沢内閣は、幻で終わってしまうのだろうか。
今となっては、下手したら小沢氏のほうが闇権力の……いや、何でもない。

続く

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かわぐちかいじが描く安保闘争と政権交代 -「メドゥーサ」より(1)-

「メドゥーサ」 全8巻 かわぐちかいじ 小学館文庫(漫画)

日本には本格的な政治小説が極端に少ないと言われているが、漫画家、かわぐちかいじの描く政治ドラマはかなり重厚で面白いと思う。
かわぐちかいじと言えば「沈黙の艦隊」(講談社)が最も有名だが、私が最も好きなのは、おそらく「沈黙の艦隊」と近い時期に書かれたと思われる「メドゥーサ」だ。

この話は、東大安田講堂事件やよど号ハイジャック事件、ロッキード事件、羽田・小沢派分裂による自民党の下野などの実際の出来事をもとに、「豊かな社会と明るい未来」を夢見た男と女の戦いと、結ばれぬ愛を描いている。

【あらすじ】

民自党幹事長、榊龍太郎の二女・陽子と、龍太郎の養子である龍男。二人は共に日本の明るい未来を夢見て強く惹かれあっていたが、目的を達成するために選んだ手段は全く逆だった。龍男は父の後を継いで政治家となり、日本の政治を改革しようとした。陽子は父に反発し、全国の大学生の一斉蜂起による社会主義革命を目指した。
二人は命がけで相手を己の側に引き込もうとしたが、相手が信念を曲げるくらいなら死を選ぶほどの覚悟であることを同時に悟り、袂を分けた。

やがて、龍男は父の地盤を継いで民自党の代議士となり、内閣官房副長官、外務大臣と重要なポストを歴任する。対する陽子は、闘争に敗れた後は飛行機をハイジャックし、中東に渡りパレスチナゲリラとなった。

別れてから20年もの年月が経ち、二人は再会した。民自党の有力政治家となった龍男が、今も変わらずまっすぐに生き、傷だらけになりながらも世の中の不正と戦っていることを知り、陽子は龍男への思いが再び燃え上がると同時に、テロリストとして生きる自分が龍男と共に歩ける未来など絶対に訪れないことを確信した。
覚悟を決めた陽子は、龍男を蝕む闇の権力に牙を剥いた。

この物語には、民自党を割り新党を結成、政権交代を目指す榊龍男の盟友として、現実世界の政権交代でも最大のキーマンとなったあの人が登場する。
自身、「沈黙の艦隊」の大ファンだと公言する、小沢一郎氏をモデルとした小倉一郎大蔵大臣である。

続く

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2009年5月 6日 (水)

[モヤさま] 北品川ルノナール -北品川③-

 「モダンバレエ研究所」。教室ではなく研究所である。大竹は、バレエを実践するのではなく机上での研究を行っているところではないかと予想したが、そんなはずはなく、この近辺でバレエの講師を行っている先生たちが集い、研究を行う為の場所であった。

なりゆきで、バレエを実践することになった大江アナ。私は、彼女は細身で身長も高めだから、身体はむしろ柔らかいのではないかと根拠の無い先入観を持っていたのだが、わりと硬いらしい。
そこで、股割りをさせられる羽目になった大江アナ。本人の限界を超えて開いた両脚を一本ずつ先生達に押さえられ、上げた腕を一本ずつさまぁ~ずの二人につかまれた。何だこの格好。
「恥ずかしいでしょ?」
とすかさず言う三村。そうか、やはりあんたはそういう趣味か。

あまりの変な格好と間接の痛さに叫んだ大江アナ。
「産まれる!本当に産まれますー!」
わけがわからん。爆笑したけど。脚を支えていた先生方が必至で笑いをこらえていたのが印象的だった。
この後、「ワキ汗」と共に「産まれるー!」は大江アナの持ちネタとなった。東京駅周辺のフィットネスクラブでは第二子を出産、祐天寺の水遊びで産まれた第三子は早産であった。

【祐天寺の第三子】
三村が大江アナの服の中に水風船を入れ、服の中で割ろうとしたが失敗。水風船はそのまま落ちていき、大江アナのスカートの下から出てきた。それを掴んだ大江アナ、咄嗟に
「産まれたー!」
と叫んだ。天才的なアドリブである。

そういえば大江アナは、既にマサカズと一樹を産んでいたのか。(田端の回より)

締めの喫茶店の名は「ルノナール」。…何か聞いたことのある名前だけど、どことなく訛っているような違和感が。
名前の経緯について聞いてみると、最初は「ルノアール」という店名にしたのだが、銀座ルノアールからクレームが入り、一文字変えたら黙認すると言われたので「ルノナール」になったのだそうだ。それやったら全く別の名前にしたら良かったのに。

ちなみに、当blog「新大阪ノワール」の「ノワール」は、「虚無的・悲観的・退廃的」という意味だそうだ。(wikipediaの「フィルム・ノワール」の項より
単に管理人が、「インファナル・アフェア」「男たちの挽歌」などのいわゆる「香港ノワール」が好きだった為に、それの語呂あわせで「新大阪ノワール」と付けただけであり深い意味は無い。

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2009年5月 5日 (火)

[モヤさま] 井戸おやじとの邂逅 -北品川②-

雨がおさまったところで三人はパチンコ屋を後にして、「モヤさま」の基本方針にのっとり、何もなさそうな裏路地に入った。この何もないようなことろで普通はありえないものに遭遇するのは、彼ら独特の不思議な「引力」ともいうべきものが働いているのであろうか。

三人が見つけたのは洋風の井戸。囲いも何もなく、コンクリートの道路の真ん中にこつ然と設置されている。試しに動かしてみるとちゃんと水が出る。
三人が井戸をいじくっていると、井戸のすぐ傍にある家の窓が開き、ランニングシャツ姿で頭の禿げあがった爺さんが顔を覗かせた。面構えは、加藤紘一氏の天敵である「ひろむちゃん」こと野中広務元幹事長を面長にした感じか。
この人こそ、北品川の「え!?」井戸おやじである。

「この井戸、使われているんですか?」
「え?」
「井戸、使ってるんですか?」
「使ってますよ。」
「何に使ってるんですか?」
「え!?何すか!?」

こんな風に、とにかく耳が遠い。いや、三人が疑う通り本当は耳が遠いのではなく、単に「え!?」と一回は聞きなおすのが一種の口癖になっているような気がする。
「モヤさま」にしばしば登場する、全く同じパターンを繰り返せば繰り返すほど面白くなっていく、「基本タイプ」の名物オヤジである。(同類:三軒茶屋「覚えたの」似顔絵オヤジ

この井戸おやじが面白いのは、耳が遠いだけでなく、言うことがいちいち投げやりで皮肉っぽい。
「(井戸を何に使うのかは)そりゃ使う人に聞いてくださいよ。」
「(井戸水は飲めるのかと訊かれ)知らないよ。飲みたい人は飲んでるでしょうよ。」
「(おじさんは飲まないのかと訊かれ)水道があるんだから。」
よくよく考えれば、「井戸おやじ」と呼ぶのはふさわしく無いかも知れない。たまたま井戸の傍に住んでいるだけで、井戸には何の思い入れもなさそうだ。

「向こうにも井戸はありますよ。」
「こっちの井戸とあっちの井戸はちょっと違うのかな。」
「(聞き直さず)そんなこと無いでしょうよ。」
「あれ、聞こえてる?」
「ええっ!?」

何やねん一体…。「聞こえてる?」とつっこまれてちょっと笑ってしまっているところを見ると、はやり全部聞こえていたのでは。

先日、このblogに「北品川 井戸おやじ 正体」という検索ワードで訪れた人がいた。
何やと思ったんや。妖怪やと思ったんか。
ちなみに、この番組にたまに出てくる「妖怪雨降らし」の正体は小平ディレクターである。いや、小平ディレクターの正体が「雨降らし」という名の妖怪なのか。彼は大江アナの一つ後輩だと言っていたから、もしかして管理人と同い年なのか。
きっと、パチンコ屋にいた時に降った土砂降りの雨は小平Dの仕業だ。

シャボン玉好きの大江アナが膨らませたポリバルーンを、思い切り手で叩き割る大竹。いたなぁ、幼い頃にこういう奴が。大竹も女の子に嫌われたタイプだっただろうな。
まあ、そういう私も……。ポリバルーン独特のいやなにおいと、幼い頃の我ら兄妹の姿を思い出しつつ、私もあまり良い兄では無かったかも知れないなとほろ苦い思い出に浸ってみた。

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[モヤさま] 通気性の良い服 -北品川①-

おそろしく高い湿度の中ではじまった北品川のロケ。品川の南側に位置するのになぜか北品川。
番組冒頭から、
「今日はワキ汗大丈夫か?」
と訊かれた(期待された?)大江アナ。この日は前回の反省があったのか、袖口が広くゆったりした通気性の良さそうな服を着ている。

早いもので、あのワキ汗騒動からもう2年経とうとしている。いいかげん、大江アナを「ワキ汗」から解放してあげては如何か。そう思った頃に「モヤさま」DVD第二弾が発売され、ワキ汗騒動は永遠に残ることになった。

テレビでは出せない店名の床屋で、ズンズン伸びるフェイスエステを受けた三村。よくわからぬオイルを顔中に塗られて乾かされ、ゴワゴワに固まってひび割れた顔を見て、私は、ちょうどこの放送があった2年前の春に自身がかかった、謎の皮膚病を思い出した。

【謎の皮膚病】
ものすごく寒くて乾燥した機械室の中で連日作業をしていたら、乾燥と埃にやられて、顔を中心に皮膚病にかかった。それ自体はそれほど大したことはなかったのだが、強いステロイドの軟膏を使ったのが災いして、皮膚がステロイドに負けて、重度のやけどのようにドロドロに溶けてしまった。薬のせいでかなり悪化したのだ。
これはまずいと皮膚科を替えたら、「まずはそのドロドロになった皮膚を固めましょう。」と言われ、石膏のように患部が固まる薬を渡された。
ドロドロに溶けていた皮膚が、にわかに乾燥して白くなりひび割れていくのを見た同僚は、冗談抜きで、いよいよ命にかかわる病気になったのかも知れないと思ったらしく、大丈夫かと訊かれたので、私は「メドゥーサの瞳を覗いてしまった。」と冗談を言ったが通じず、死病だという疑いは解けなかった。しかし、乾燥した皮膚が崩れ落ちた後、うそのように皮膚が蘇り完治した。皮膚科を替えて本当に良かった。

【メドゥーサ】
ギリシア神話に出てくる、髪が蛇になった美女。瞳を覗いた者は石化する。
かわぐちかいじの漫画「メドゥーサ」では、学生運動の闘士であるヒロイン、榊陽子が「メドゥーサ」の異名を持つ。この作品、政権交代を成し遂げ総理大臣となる主人公、榊龍男の盟友として小沢一郎(をモデルにした人物)が出てくる。すると龍男は羽田務か?

廃墟のようなパチンコ屋でそこそこの当たりを出し、「当時の最新型」である(世の中のあらゆるものが当てはまるでしょうが)電気カミソリを獲得した三人。外に出ようと自動で開く力を無くした自動扉を開いたら、まさかのハード・レイン。
雨の牙を逃れようと、客のいない店内でとれ高サイコロを振ったら、出た目は「素人からひと口もらえ!」
「おっかねえ!」
思わず叫んだ大竹。おそるおそる、パチンコ屋の爺さんに何かひと口くれと頼む三人。その時、なぜか三村が手に槌(ゴムハンマーっぽい)を持っていたのだが理由が解らない。

爺さんが差し出したのは、景品として用意していた「とんがりコーン」。思わず裏面の賞味期限を確かめる。
「2007年…。」
とうに切れとるやないか!と一瞬思った後で、「ああ、違う。」と気付いた。何度も言うように、これは二年前の放送を収めたDVDなのだから。

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[モヤさま] 人形屋 亀井静香 -浅草橋 後編-

ゴールデンウィークだというのに政治がらみの話ばかり書いていたら、それらはおそろしく不評で、いいかげん「モヤさま」レビューに戻ろうと思ったのだが、偶然にもこの回、人形屋のおかげでまた政治っぽくなってしまった。

雨が降り続く中、三人は花火の専門店と化している人形屋に入った。その人形屋の店主の面構え、まさしく元警察官僚の「どん亀」亀井静香そっくり。ただし声はかなり高い。

【亀井静香】
亀井静香は警察官僚でありながら、学生時代はマルクス主義を学んでおり、連合赤軍の思想にも一定の理解を示していたが、際限なく暴走する学生達から国家の秩序を守る為、彼らの敵側に回り鎮圧の指揮を執った。社会主義に理解を持つ人が警察庁に入庁するのはあまりに意外だが、それがかえって「敵を知っている」と評価されたのか。

そんな人形屋静香がお勧めする花火は、人間の顔に向かってくる(!?)「コブラ」、火を出しつくした後は潔く自爆する大和魂を持った「戦車」、大人の花火「暴れん坊」、火を点けた人の性格がわかる「ハート占い」など。さすが静香。過激な品ぞろえだ。
「ハート占い」を見て、三村が「これは大江にやってもらおう。」と呟いたのを聞いて、人形屋静香が高い声で言う。
「きっと『明るい天然ボケ』だと思うけどね。」
言われちゃいましたね。

電光掲示板に「ナイスショット」と表示されたのを見て、大竹が呟いた。
「いやらしいやつかな。」
何でやねん。
大竹のこの発言により、そんなわけないと思いつつも、「いやらしいやつ」という先入観が刷り込まれてしまったのだ。その後に表示された「ヘッドチェック」という文字を見て、大江アナが驚くほど見事に罠に嵌る。
「ベッド…。」
なんでこの人は、疑問に思う前にまず音読してしまうのだろう。そこが良いところなのだけど。人形屋静香の性格診断が、花火に火を点けるまでもなく、いとも簡単に証明された。
三村「ベッドチェック!?今、完全に大江が言いました。」
大竹「(次に表示された文字を見て)グリップチェック!?それはXXXXか。」
さまぁ~ずの真骨頂である、めくるめく下ネタの応酬。うん、面白いけど、どう見てもそれ、一目でゴルフだって解るよね。

このゴルフ教室にて、三村はショットのコントロールは悪いが、スピードは片山晋吾プロよりも上であること、大江アナがたった一人のゴルフサークルで部長であったことが判明した。実にモヤモヤしている。
たった一人のサークルで部長って、まるで「新党大地」のムネオさん…、また政治の話になるのでやめておこう。

雨上がりの公園で三人は花火をやった。戦車は上下から激しく火を噴いたものの、自爆は不発。生き恥を晒してしまった。
浅草橋の回は面白い店が意外と多かったものの全2回で、花火のシーンは短かった。「コブラ」や「暴れん坊」、「ハート占い」などが根こそぎカットされたのはさすがに驚いた。
まあ、戦車が放送されて、それらがカットされたことを考えると、おそらく戦車以上に期待外れだったのだろうけど。

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2009年5月 4日 (月)

保守系無所属の決起 -「劇場政治の誤算」より-

「劇場政治の誤算」 加藤紘一 角川oneテーマ21

前回の続き)

その書名と、裏表紙にある解説を見れば、「リーマンショック」以後急増した、小泉・竹中の新自由主義政策に関する批判本の中の一つと見られるかも知れない。確かに本の前半部分はそんな感じの内容だが、後半は、政界再編に向けて加藤氏がこれから掲げようとする政策、加藤氏の言葉を借りるなら「掲げるべき旗」の中身が書かれている。
亀井静香氏は、加藤紘一氏に「ちゃんと旗を掲げろ。」と言っていたが、加藤氏は既に旗を持っているのだ。ただし、亀井氏の言う「旗」とは少し意味合いが違う。

加藤氏は、例えば雪かきをやらなければならない時は連日率先して行い、お金を集めなければならない時は黙ってさっと出すといった、地域社会を守る責任をとろうとする「保守系無所属」の人々に注目している。従来、自民党はこの「地域のリーダー」と呼べる人たちに支えられてきたが、近年の自民党はこの人々の期待を結果的に裏切ってしまった。今、この「保守系無所属」の人々が行き場を失っていると加藤氏は感じ、加藤氏はここにこそ「シンプルな三つの旗」を立てようと考えた。

1.組織より地域の絆を
2.豊かさより平等と連帯を
3.強さより平和と共生を

今、「地方分権」という名の改革を掲げる政治家は多いが、それらは斬新な制度への改革を訴える内容であり、今一つ、改革のその先がどうなるのか実感が湧かない。(私があまりよく聞いていない、もしくは賢くないだけかも知れないが…。)
反面、加藤氏の掲げる政策はどうか。最も代表的な政策はこれだろうか。

「ワークシェアリングで失業者を無くそう。残業が無くなって収入も減るが、お父さんは早く帰って家族と一緒に晩ご飯が食べられるし、地域の寄り合いにも参加できる。」

実に素朴である。他にも色々と政策提言はあるのだが、そのいずれも真新しさは無い反面、実を伴った「地方分権」ならぬ「痛んだ地方をケアする為の政策」であるように見える。
ただし、理想論ばかりを語っているのではなく、無駄を省いた上で、社会保障財源確保の為に消費税増税は避けられないこと、民主党の掲げる農家への戸別所得補償は実現不可能であることなど、無理のある理想論は避けている。

「公務員改革」「地方分権」を今すぐにでも始めなければいけない、という考えは非常に結構だが、社会主義的な発想ではなく、加藤氏のような「保守リベラル」の考え方から、地方が本当に必要としている政策を掲げる政治家の意見でバランスを取ることも必要かも知れない。

ただしこの本の中で、加藤氏は「どんな旗を掲げるか」は明確にしているものの、「旗をどこに立てるか」ということは全く明確にしていない。
それゆえに私は、加藤氏は政界再編後も自民党に留まり、小さくなった自民党の中で旗を立てるのだと予想する。あくまで「今の自民党」ではなく「再編後の自民党」である。
「加藤の乱」の時でさえ、マスコミや国民に「あまりに解りにくい」と言われながらも、自民党を割るのではなく自民党を中から変えていく、その為の造反であると主張するほど、自民党であることにこだわった人なのだから。

最後に、例によってwikipediaの「加藤の乱」の項目で発見した、心温まるエピソードを紹介したい。

2007年6月29日、衆議院に安倍内閣不信任決議案が提出された際、加藤は賛成を意味する白票を持って壇上に上がった。「加藤の乱」の再発かと一時危惧されたが、加藤は白票を渡す直前にあわてて自分の席に戻り反対を意味する青票に持ち替えた。

本人曰く、与党議員は法案の採決でよく白票を使うために起きた単なる勘違いであったとのことだが、「本音は賛成だったのではないか」という周りの声もある。

真意やいかに。

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2009年5月 3日 (日)

[ニュース新書] ムネオにまた会える。

「週刊ニュース新書」公式サイトの次回予告によると、5/9のゲストは、「新党大地」党首(現在議員数1名)、鈴木宗男氏。小沢民主党の行方と、最近また大きく動き出している日露関係について語り合うという。
「ムネオハウス疑惑」と胃がんを乗り越えた今、自身が手掛けた北方領土返還交渉がいったん白紙に戻ってしまった今、彼はどのような姿で現れ、何を語るのか。これは絶対に見逃せない。

宗男氏の出演に備え、宗男氏の盟友であった外務省職員、佐藤優氏の「国家の罠」を読書中。宗男氏はなぜ田中真紀子氏と外務省との戦いに巻き込まれたのかが詳しく書かれており実に迫力がある。

それを読みながら、往年のダンスミュージック「MUNEO HOUSE」をかけてみた。これは悪趣味な冗談で作られたものだろうが、音源は当時のマスコミを通じた発言であり、今となっては当時の空気を感じることができる貴重な資料である。
文章で表現するのは難しいが、少しだけ紹介しよう。

"muneo house" (1st THE MUNEO HOUSE より)
「鈴木証人 あのー うそッ 鈴木証人 あのー うそッ 鈴木証人 あのー うそッ
あのー あのー 覚えておりません うそッ
鈴木証人 あのー うそッ 鈴木証人 あのー うそッ 鈴木証人 あのー あのー
YesかNoかで お答え下さい」

"Sougou Syoushya" (THE MUNEO HOUSE 2nd - House 4 Islands- より)
「あな あな あな あな あなたはね ぎわく ぎわく  ぎわくの そーご そーご そ そ そうごうしょうしゃ
ど ど ど ど どーして どーして どーして辻元先生 そこまで そこまで そこまで言えるんですか ですか ですか
テレ テレ テレ テレビで 全国 全国 全国の人が 見て 見て 見てるんですから
ソーゴー ソーゴー ソーゴーショーシャ ソーゴー ソーゴー ソーゴーショーシャ 」

"Tears" (THE MUNEO HOUSE 3rd -House 4 Islands- より)
「私はただ今 山崎幹事長に会って 離党届を提出してまいりました
リトー リトー リトー リトー リトー リトー リトー リトー 離党を決断いたしました
リトー リトー リトー リトー リトー リトー リトー リトー 離党を決断いたしました」

うん、全然読書に集中できない。

ただ、離党会見の音声を使った"Tears"を聞くと、かなり複雑な思いにさせられる。

「昭和58年、最初に国会で手を挙げた時のことを思い起こしながら、一からスタートしたいと、こう思っております。」
「この間、多くの後援者や、また、自由民主党の党員の皆様にお世話になってまいりました。心から厚くお礼申しあげます。」
(ここから涙声が目立つようになる)
「この厳しい中にあっても絶えず、私を励ましてくれた仲間の先生方や、全国各地の私の後援者の皆さん、とりわけ選挙区の皆様方は一喜一憂しながらも私を見守っていてくれました。改めて厚く、お礼を申し上げたいと思います。」
「何十年も家庭を顧みなかった私ですが、家内や子供たちが、しっかりと支えてくれました。改めて、家族の絆を…。(ここから涙で声が詰まり、きわめて聞き取りにくくなる。)」
「また、ここにいる事務所の皆さんも、心ない電話や嫌がらせの電話にも、真摯に受話器を取り、丁寧に対応してくれておりました。この仲間達にも、感謝をしたいと……。」

宗男さんはなぜ、こんな思いをしなければならなかったのだろう。

最後に、wikipediaの「鈴木宗男」の項目で発見した、心温まるエピソードを紹介しておく。

国会での証人喚問の頃「ムネオハウス」に掛けたパロディー音楽(管理人注:これこそが上記の"MUNEO HOUSE"である)が、インターネット上で流行した。その後2004年5月に札幌で行われた「ムネオハウス」のクラブイベントに「MCムネオ」名義で出演した他、2006年2月23日に東京都渋谷区のクラブ「シムーン」で「100%ムネオナイト」なるイベントに招かれて(自分の主催ではない)、なんと自らラップに挑戦した。

「めちゃイケ」の企画で鈴木宗男のそっくりさんとして、坂田利夫が登場するはずだったが、坂田の仕事のため、「そっくりさんの代役」として鈴木宗男本人が登場した。

「MUNEO HOUSE」も「坂田利夫似」もすべて受け入れ、自ら立ち向かっていった鈴木宗男。面白すぎる。
泥をつかんだ雪だるまは、猛暑にも溶けず、北の大地に堂々と踏みとどまっている。

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2009年5月 2日 (土)

「加藤政局」の結末は、「素朴な自民党」の再出発か。

前回の続き

「加藤の乱」は、『三国志』で例えるなら黄巾の乱に過ぎなかった。漢王朝を覆すには至らなかったものの、この混乱に乗じて、後の覇者となる者たちが頭角を現したのだ。

加藤氏曰く、
「『加藤政局』と呼ばれた一連の動き(加藤の乱)のときに、『このドラマは今、1幕目です』と述べた。
3、4幕目くらいに、小泉という名の派手な人気役者が出て盛り上げたが、このドラマはそろそろ終演に近付いている。終わってみたら明治維新や戦後改革と並ぶくらいの、第三の開国と呼べるようなものになっているかも知れない。ただしそこに行きつくまでは、この2,3年の政界再編、その間にまた2,3の総選挙を経ることになるかも知れない。」
(『SIGHT』2009年春号 特集「自民・民主の次が見たい」より、加藤紘一氏のインタビュー記事から要約)

人気役者、小泉純一郎。かつて加藤氏、小泉氏、そして山崎拓氏が、当時の最大派閥「竹下派」に対抗する為に結成した盟友関係"YKK"。しかし「加藤の乱」をきっかけにその関係は大きく崩れた。小泉氏は加藤氏、山崎氏の動きに呼応せず、逆に「加藤は本気だ。」と自民党執行部に警告を発し、自らも「切り崩し」に動いた。そして乱が終わった後、功績をあげた小泉氏は首相となった。傍から見れば、加藤、山崎両氏は小泉氏に裏切られた、穿った見方をすれば「売られた」とさえ見えたかも知れない。だが今になって振り返れば、また違った見方ができる。

「自民党をぶっ潰す!」と宣言し首相になった小泉氏。彼は極めて高い国民的人気を得て、ぶっ潰すどころか自民党を建て直したかのようにも見えた。だが、「聖域なき構造改革」により、結果的に郵便局や農家、医師、土木建設業など、かつての自民党の支持基盤を見事なまでに壊した。

「加藤の乱」は二段構えだったのだ。加藤・山崎が自民党を大きく揺さぶり、小泉が根元からへし折る。恐るべし、YKKの自民党破壊工作。だが、この三人が捨て身で動いてもなお、内側から崩すのにここまでの年月がかかったというのは、やはり曲りなりにも、戦後からほぼ一貫して日本の政治を担当してきた大政党ゆえの重みか。
果たして、YKKを後ろで操っていたのは一体、何者なのだろう。

冗談はこのくらいにして。(洒落になっていないかも知れないが。)
今日一日で、追加の資料として加藤紘一氏が最近出した著書、『劇場政治の誤算』(角川oneテーマ21)を読んだ。
亀井静香氏は、加藤氏を「自民に不満を持ちながら離党に踏み切れずにいる。」と見ているようだった。だが、この本を読んだ私は、それは少し違うのではないかと感じた。
加藤氏はもう、かつての「加藤の乱」のような行動を再び起こすようなことは考えていないと思う。ただし、それは決して優柔不断というわけではない。
これは私のような素人の勝手な推測であるが、加藤氏はむしろ、政界再編が起こり自民党がいくつかに割れた後で、あえて彼自身は小さくなった自民党内に留まり続け、「地域社会を守る為の責任」を担う素朴な自民党に作り直そうとしているのではないか。

そんな加藤氏の掲げる政策。「豊かな生活を実感させる為に貯金に金利を付けるべき」「闘争的なナショナリズムから決別し、自国の伝統や文化に誇りを感じる、本来あるべき姿のナショナリズムを持つべき」など、実に素朴な豊かさを追求するような発想でなかなか興味深いのだが、前半余計なことを書いているうちにずいぶん遅くなったので次回へ持ち越す

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2009年5月 1日 (金)

加藤紘一氏の言い分 -『SIGHT』2009年春号 「自民・民主の先が見たい」より-

国民新党の亀井静香氏から、「評論家的に意見していないで行動しろ」「ウニャウニャウニャウニャと言うばかり」などと言われてしまった自民党内の「リベラル派」、加藤紘一氏。少なくとも亀井氏からすれば優柔不断に見えるようで、もはや「加藤の乱」の時に見せたような蛮勇を再び見せてはくれないのかと思えたが、実際はどうなのか。

今、手元に一冊の雑誌がある。リベラル雑誌『SIGHT』2009年春号。特集は「自民・民主の先が見たい」。表紙には、自民・麻生首相と民主・小沢代表がプロレスのリング上で闘う絵が描かれている。もはやプロレスショーか…。
この特集記事に、渡辺喜美氏と共に「国民運動体」を結成した無所属議員、江田憲司氏のインタビューが載っているのはまさしくテーマにふさわしいと思うのだが、江田氏の名前の横に「加藤紘一」の名が。私のように早とちりをしてしまう凡人は、こんな特集に加藤氏の名前があるだけで、「まさか、再び『加藤の乱』か!?」などと期待してしまう。

亀井氏に「評論家的」と言われた加藤氏。それは皮肉として言われたのだろうが、インタビュー記事を読んでいると、政治評論家としての加藤氏はなかなか優れているのではないかと思える。

加藤氏の地元、山形県で1月に行われた県知事選挙。自民が推薦する現職の斉藤弘氏が破れ、民主が応援した新人の吉村美栄子氏が当選した。この敗因について加藤氏はこう分析する。

「東京のマスコミは、最大の敗因は自民への不満にあると書きたがるが、それはむしろ三番目くらいだ。最大の敗因は、斉藤前知事が行った改革へのすさまじい反逆である。
得票の様子を丹念に分析すると、ほとんどの地域では前回と大して変わらぬ得票数なのだが、山形市では都合3万の票を失っていた。なぜかというと、斉藤前知事は公務員改革を徹底的に行なったからだ。
官民格差が全国一高かった山形県において、公務員の給与削減を断行し、裏金問題に関しては既に退職した職員達にまで返済を迫った。これが県職員達の強烈な反感を買い、職員OB達のプライドを著しく傷つけた。結果、山形市に住む県職員達の票を根こそぎ失った。
斉藤前知事の改革は、県民の6割が支持しているという調査結果も出ていたにも関わらず、選挙には負けた。もちろん公共事業の予算を切ったというのも大きいと思う。やはり改革を進めていくには、よほどに大人の根回しを行い、丸腰なキャラクターでやらなければいけないということだろう。」

改革を徹底的に行った結果、道半ばで自らが切り捨てられてしまうとは。もうこれ以上痛い目をみるのはうんざりだということか。
大阪府の橋下府知事も、2期目を目指す選挙で同じ目に遭う危険性が充分にあるのでは。相当に敵を作っているのをひしひしと感じる。
痛んだ部分にどうケアするかは難しい。

今後の政治には、地域社会を守るための責任をとろうとする「保守系無所属」の立場をとる政治家が力を持つと、加藤氏は分析する。
ここからが本題なのだが、長くなったので次回に続く

【SIGHT 2009年春号】
表紙には「リベラルに世界を読む 渋谷陽一責任編集」とある。
これを書いていた時に気づいたのだが、表紙の上のほうに小さく「ROCKIN' ON JAPAN増刊」と書いてあった。ロック専門雑誌の増刊号…?
どうりで、第2特集が「オバマはロックで勝ったのか?」などという、思想系の雑誌にしてはえらく大胆な特集を組んでいると思ったのだが、むしろそっちが専門か。思想というよりサブカルチャーの位置づけか。いちおう「諸君!」や「WiLL」「文藝春秋」などと一緒に並んでいたのだが。

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